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両利きの経営と社会貢献活動

  • takehikomizukami
  • 2020年10月31日
  • 読了時間: 4分

最近の経営理論の中で最も話題となっているのに「両利きの経営」があります。イノベーション創出のために幅広い知識と深い知識を両立させる経営です。


イノベーションという概念の生みの親であるシュンペーターが「新結合」という言葉で表現しているように、イノベーションの基本は、「すでにある知識を組み合わせる」ことです。イノベーションが「すでにある知識の組合せ」だとすれば、イノベーション創出のためには、幅広い多様な知識を持つことが必要です。


一方で、幅広く多様な知識がただ存在しているだけではイノベーションは生まれません。知識の組合せからアイデアを生み出し、それを製品・サービスやビジネスモデルとして形にして、社会への価値として提供する必要があります。そのためには、知識を深めることが必要です。


両効きの経営とは、幅広く多様な知識を持つための「知の探索」と、知識をビジネスとして形にするための「知の深化」を両立させることです。


しかし、「知の探索」のためには、企業は事業領域や専門領域の外に視野を広げる必要があります。こうした活動は、「遊び」や「無駄」のようにも見られ、収益に対するプレッシャーがある企業にとっては、意志が必要な取り組みです。そのため、企業は本質的に知の探索をおこたりがちとなります。経営学では、これを「知の近視眼化(Myopia)」と呼びます。また、特に成功した企業が、既にある知識の改良・改善を重視して知の探索を怠りがちになることを「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。


日本企業の研究開発活動も、最近は「遊び」や「無駄」がなくなったと言われます。日本企業からイノベーションが生まれなくなったと言われていますが、収益のプレッシャーによる「知の近視眼化」、過去の成功体験に依存する「コンピテンシー・トラップ」に陥っているのかも知れません。


社会問題解決型イノベーションの創出に向けて、「知の近視眼化」「コンピテンシー・トラップ」を克服する方法として、社会貢献活動の活用があります。


「知の探索」のための社会貢献活動を大々的に実施している代表的なものとして、IBMとエーザイの事例があります。


IBMは、Corporate Service Corps(CSC)という、IBM社員による支援チームが、新興国市場での社会課題の解決に取り組む社会貢献活動を実施しています。CSCでは、世界中のIBM社員から公募で選ばれたグローバルチームが、1カ月間新興国に派遣され、当該国の政府、行政、教育機関などが直面する問題を解決するための支援をします。


IBMでは、さらに事業ビジョンであるスマーター・プラネットのターゲットである都市の問題解決に特化したSmarter Cities Challenges(SCC)という社会貢献活動も開始しています。SCCでは、IBM社員のチームを新興国および先進国の100都市に派遣して、都市の問題を分析し、より良い市民サービスを提供し、都市運営を効率化するためのアドバイスを市長に提示します。


こうした社会貢献活動を通じて、社会問題解決イノベーションのための膨大な知識が蓄えられます。


エーザイは企業理念で、「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序が重要と考える。」と謳い、患者というステークホルダーを最重視する考え方を実践するものとして、「業務時間の1%を患者様とともに過ごす」ヒューマン・ヘルスケア(hhc)活動を推進しています。


hhc活動で現場に赴いた社員は、患者やご家族と過ごすことを通じて問題を感じ取ります。それを会社に持ち帰って組織内で議論を通じて問題を普遍化し、他の部署も巻き込みながら問題に対する対応策を磨き上げます。そして得られた解決策を一人ひとりが現場で実践する。そうしたプロセスを確立しています。


エーザイの場合は、hhc活動を通じて「知の探索」と「知の深化」を両方おこなっており、まさに「両効きの経営」を実践していると言えるでしょう。


IBMやエーザイのように大々的なものでなくても、自社が事業として取り組もうとしている社会問題に関連した社会貢献活動を実施することは、「知の探索」に有効だと思います。または、自社の強みを生かした社会貢献活動の中から、思わぬ事業アイデアが生まれるかも知れません。


研究開発活動として行うと「無駄」に見えてしまう活動も、社会貢献活動としては逆に魅力的に思えることも多くあります。社会問題解決イノベーションを生み出すためには、社会貢献活動を「戦略的」に実践することも必要ではないでしょうか。

 
 
 

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