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ジョセフ・ナイ氏の遺した「ソフトパワー」は、企業経営、自治体の運営にも応用できる。企業経営においては、サステナビリティがソフトパワーの源泉となる。

  • takehikomizukami
  • 5月10日
  • 読了時間: 4分

ハーバード大学教授のジョセフ・ナイ氏が亡くなりました。謹んでお悔み申し上げます。


ナイ氏は、私がケネディースクールに留学していたときの学長で、常に穏やかで優しい雰囲気をまといながら、冷静で適格なお話をされていたのが思い起こされます。留学したての頃、留学生に対して「君たちのためではなく、米国の学生の学びのため、社会をより良くしていくために、積極的に米国人その他の多くの学生と交わり発言してください」といった趣旨のことを言われていたのは今でも覚えています。


ナイ氏は「ソフトパワー」の提唱者として有名ですが、最近は「米国ファーストの政策が米国のソフトパワーを浪費している」として批判していました。


「ソフトパワー」とは、「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力」です。国家について言えば、軍事力や経済力などの対外的な強制力(ハードパワー)によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を得る力です。


米国の強い政治力の背景には、軍事力、経済力などと並びこのソフトパワーがありました。フランスの元外相は、米国が強力なのは「映画とテレビによって世界の映像文化を支配しているために、他国の人びとの夢と希望に影響を与えているからであり、同じ理由で世界各国の大量の学生が勉学の仕上げをしようと米国に集まっているからだ」と言っています。ハリウッド、ディズニー、ハーバード大学、アップルなどの存在が米国の魅力を高め、世界が米国の考え方を受け入れ、支持する大きな要因になってきました。


日本もソフトパワーの強い国です。日本食や伝統文化、アニメ・漫画などに魅力を感じて世界の人が日本を愛し日本を訪れています。その他、イラク戦争のときに、日本がODA供与した給水車に、イラクで大人気のキャプテン翼のイラストを書いておいたため、給水車が襲われることはなかったと言います。ワールドカップなどの世界的イベントで、日本のサポーターが試合後にごみ拾いをしている様子が広く報道されることは、日本人の礼儀正しさを示しソフトパワーを強化しています。私の専門であるサステナビリティ関連では、”Mottainai”精神などは、世界的にかなり浸透し日本のソフトパワーを形成しています。最近は日本人がMottainai精神を失いつつあるようなのが残念です。もっと大事にすべきでしょう。


企業などの組織にもソフトパワーは存在します。給与がそれほど高くなくてもそこで働いてみたいと思わせる企業、上司が厳しく管理しなくても社員が自発的に能力を発揮する企業、価格や機能が他社と変わらなくても顧客が製品に喜んでプレミアムを支払ってくれる企業、そうした企業は、ソフトパワーの強い企業と言えるでしょう。


国家の場合は、ソフトパワーは、文化、政治的思想、政策の魅力などによって生み出されますが、企業のソフトパワーは、創業者の魅力、企業理念、企業文化・価値観、感性に訴える製品・サービス、サステナビリティの取り組みなどにより生み出されます。特に、「社会に価値を提供している企業」と広く認知されることは、大きなソフトパワーとなります。企業がソフトパワーを強化するためには、サステナビリティに対する真摯で一貫した姿勢、取り組みも重要です。


自治体の運営にもソフトパワーの考え方は応用できるでしょう。日本食や伝統文化、アニメ・漫画といった日本のソフトパワーは、地域に宿っています。ソフトパワーの強い自治体は、訪問、移住、関係人口の対象となります。私の地元の氷見市で言えば、「寒ブリブランド」「越中式定置網発祥の地」「ハンドボールの聖地」「藤子不二雄Ⓐさんのレガシー」などがソフトパワーの源泉となります。


各地域がそれぞれのソフトパワーを生かすことで、日本全体の魅力が増し、そうしたソフトパワーの広がりがハードパワーに依存しない平和な世界につながるのではないでしょうか。


ジョセフ・ナイ氏の遺した「ソフトパワー」を大事にしていきたいと思います。

 
 
 

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