サステナビリティとサステナビリティ経営の変遷。1990年代の環境経営、2000年代のCSR経営、2010年代のESG経営を経て、反ESGの動きもある中2020年代のサステナビリティ経営はどう進化するか?
- takehikomizukami
- 2 日前
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更新日:13 分前
サステナビリティおよびサステナビリティ経営が歴史的にどう進化してきたか、改めておさらいする。
サステナビリティは経済成長の負の側面としての環境問題への対応からはじまった。1962年にはレイチェルカーソンが「沈黙の春」で化学物質の汚染問題を提起している。日本でも1950年代後半から1970年代の高度経済成長期において、工場などから発生した有害物質によって公害病が引き起こされた。WWFやグリーンピースが設立されたのもこの時代だ。
1972年には、ローマクラブが「成長の限界」を発表し、資源と地球の有限性に着目してコンピューターシミュレーションを行い「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」と警鐘を鳴らしている。同年には、環境についての世界で初めての大規模政府間会合「国際連合人間環境会議」が開催された。
1970年代には地球温暖化も科学者の間で注目されるようになり、1985年に初めての地球温暖化に関する世界会議が開催され、1988年にIPCCが設立された。
サステナビリティの考え方については、1987年に「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」が報告書で、「将来の世代の欲求を満たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」と持続可能な開発を定義した。これは現在でもサステナビリティの基本概念となっている。
1992年には地球サミットが開催され、気候変動枠組条約と生物多様性条約が採択され、それぞれのCOPが始まった。地球サミットでは、貧困の撲滅など社会面・経済面も含む行動計画アジェンダ21が採択されている。
地球サミットをきっかけとして環境マネジメントシステムISO14001が1996年に規格化されるなど、企業の環境経営の取組みが広がった。
2000年には国家や国際機関だけではグローバルな課題を解決できないとの問題意識のもと、企業にサステナビリティへのコミットメントを求める国連グローバル・コンパクトが発足した。グローバル・コンパクトは企業に人権、労働、環境、腐敗防止へのコミットメントを求めており、現在のESGの原型となっている。同年には国連でMDGsも採択されている。
また、GRIレポーティングガイドライン第1版も2000年に公開されており、企業が自らの負の影響の責任を持って対応する企業のCSR経営やサステナビリティ情報開示の取り組みがこの頃から広がった。CSRについては、2010年にISO26000として体系化されている。
金融セクター向けには、2006年に国連PRIが設立され、投資家が財務面だけではなくESG
も考慮した投資をすべきとの流れが生まれた。当初ESGは投資家の「責任」としてはじまったが、金融危機を経て気候変動などのリスクへの認識が広まり、ESGが企業財務に影響するリスクとして捉えられるようになった。
2000年代にCSRとして進められてきたサステナビリティは、2010年代に入って企業財務への影響に注目が集まりESGに進化した。自社の強みを活かして環境・社会問題を解決し、それを自社の成長につなげるCSVの考え方が広がったのもこの頃だ。
サステナビリティ情報開示に関しては、2013年にIIRCが投資家向け統合報告フレームワークを公表。2018年には業種ごとに企業財務に影響するサステナビリティ関連のリスクおよび機会を整理したSASBスタンダードが公表されている。その後IIRC、SASBは、企業財務の観点からの情報開示フレームワークとしてSSBJに統合されている。
2015年には、SDGsが採択、パリ協定が合意され、TCFDやSBTなどが設立された。この頃からサステナビリティが経営イシューとして広く認識されるようになった。
サステナビリティ経営は、1990年代の環境経営、2000年代のCSR経営、2010年代のESG経営と変遷してきた。2020年代に入って反ESGの動きも広がる中、今後どのように進化していくだろうか。
これまで国連やグローバルイニシアチブのもとで進められてきたサステナビリティ経営だが、国家間や思想の分断が広がる現在では、グローバル共通、ESG全般といった形では進まない可能性が高い。気候変動のような喫緊の課題は反対の動きがあっても進んでいくだろうが、それ以外のイシューについては、個々の企業が自らの影響、機会・リスクなどを踏まえて意思を持って戦略的に取り組む時代になるのではないだろうか。


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