top of page
検索
takehikomizukami

リバース・イノベーションとサステナビリティ

3月20日のブログ「クリステンセンとサステナビリティ」では、「イノベーションのジレンマ」について書きましたが、サステナビリティ×イノベーションでもう一つ重要なコンセプトとして、世界で大きな影響力を持つビジネス思想家の一人ビジャイ・ゴビンダラジャン氏が提唱する「リバース・イノベーション」があります。リバース・イノベーションは、イノベーションのジレンマを克服する手段ともなるものです。

企業が、顧客の意見に耳を傾け、顧客が求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資するが故に、また、市場の動向を注意深く調査し、最も収益率の高そうなイノベーションに投資するが故に、その地位を失うというのが「イノベーションのジレンマ」です。


その原因となるのは、「破壊的イノベーション」です。「破壊的イノベーション」は、低価格、低性能のローエンド市場向け製品・サービスとして現れます。ハイエンド市場の顧客向けに高性能で収益率の高い製品・サービスを提供する優良企業は、これを無視します。いや、高性能や高利益率を求める顧客や投資家の要求、それに適応した社内プロセスのために無視せざるを得ません。しかし、「破壊的イノベーション」は新しい製品・サービスであるが故にその進化も早く、短期間に十分な性能を持つに至ります。「破壊的イノベーション」が十分な性能を持つに至ったときは時すでに遅く、十分な性能と価格競争力を持った製品・サービスが既存企業の顧客とその地位を奪ってしまうというものです。

リバース・イノベーションのコンセプトは、このイノベーションのジレンマ克服に役立ちます。「リバース・イノベーション」の基本コンセプトは、従来のグローバル企業が、先進国で製品・サービスを開発し、新興国に展開することを基本としてきたのに対し、新興国で製品・サービスを開発し、そのグローバル展開を目指すというものです。新興国市場で開発されるイノベーションは、低価格・低性能のローエンド市場向け製品・サービスで、これが急速に成長すると、破壊的イノベーションになります。リバース・イノベーションをうまく行うことで、この破壊的イノベーションを取り入れ、イノベーションのジレンマを克服することができます。

新興国市場での製品開発では、5つのニーズのギャップ、「性能」、「インフラ」、「持続可能性」、「規制」、そして「好み」のギャップに注目することが必要です。「性能」については、低価格で一定の性能を持つ画期的な新製品を提供します。例えて言うなら、15%の価格で50%の性能を発揮する製品のイメージです。「インフラ」については、新興国は、道路、通信、電力、銀行など、様々なインフラの状況が先進国とは異なります。基本的にはインフラが不足していることが多いのですが、一部最先端のインフラが整備されていたりもします。例えば、電力などは不安定な地域が多く、電池式の携帯型心電計が求められたりしますが、無線通信などは発達している地域もあり、モバイル・バンキングや遠隔医療が普及しやすい状況にあります。

「持続可能性」については、途上国が今後経済成長を持続していくためには、「環境に優しい」ソリューションが不可欠です。「規制」については、新興国では公正な競争のための規制が不十分なケースもあるのですが、逆に過度の規制がなく新しい技術が展開しやすい面もあります。「好み」も新興国では異なります。

こうした新興国向けに開発された製品は、先進国市場で提供されている製品がオーバースペックとなっている場合などには、先進国市場でも普及する可能性がありますし、先進国で新しい市場を切り開く可能性もあります。例えば、中国向けに開発された、安価で、携帯性に優れ、特別なノウハウを必要としないGEの小型超音波診断装置は、先進国で、救急車内、遠隔地の事故現場、救急救命室、手術室など、これまでの製品が対応できていなかった新しい市場を開拓しています。

一方、事業展開にあたっては、リバース・イノベーションのような新しいコンセプトを導入するときには、組織力学の変革が必要となります。イノベーションのジレンマの原因とも関係しますが、リバース・イノベーションは、破壊的イノベーションを自ら作り出そうとするものですので、既存事業とは相容れず、社内プロセスや社員の意識が障壁となります。これを克服するためには、CEOは、人材、資金、権限などを新興国での製品開発に移し、リバース・イノベーション専門の特別組織(ローカル・グロース・チーム(LGT))をつくるとともに、全社的に新興国への関心と知識を高め、CEO自信が目に見える形で新興国重視を打ち出す必要があります。

LGTは、リバース・イノベーション成功のための鍵であり、新興国ニーズに知見を有する外部人材の登用、既存組織のルールに囚われない行動基準や評価基準、迅速な学習と柔軟性などとともに、既存事業から邪魔されることなく、グローバルの経営資源を活用できることが求められます。そのためには、経営と直結したシンプルなレポートラインなどが求められます。

P&Gは、先進国で大成功した女性用生理用品「オールウェイズ」が新規に進出したメキシコ市場で思うように販売が伸びないことを受けて、メキシコ市場向けのLGTを編成し、固定観念なく顧客の声に耳を傾けました。そして、公共交通機関による長時間通勤、衛生的な公共トイレの不足、プライバシーが少ない小さな家での生活などメキシコの女性の生活が先進国とかなり異なり、暑くて湿度の高い中で長時間利用するためには、P&Gの競争優位であるハイテク素材よりも自然素材が求められていることを理解しました。

P&GのLGTは、マネジメントレベルによる組織的関与のもと、P&Gの先進国における競争優位に背を向けて製品開発を進めることが許可されました。LGTは、他の事業部門から原材料を借用する、有休設備を活用するなど、全社的な支援を受けることができました。また、市場性が不確実であったため、LGTは、完璧な製品設計を事前に追及する代わりに、安い価格でテストし、その結果から学習していきました。これは、P&Gらしからぬ方法でした。

LGTは、社内にまだ懐疑的な声があることを受けて、スピードを重視し、P&Gの標準からすればかなり粗い段階で新製品「ナチュレラ」を投入しましたが、メキシコ市場では、それで十分でした。ナチュレラは、メキシコ市場で急速にシェアを獲得し、社内の懐疑的な意見も賞賛の声に変わりました。その後、ナチュレラは、品質やコストを改善していき、他の新興国市場でも展開されています。

このようなリバース・イノベーションは、イノベーションのジレンマ克服に役立つだけでなく、「性能」「インフラ」「持続可能性」などをゼロベースで捉えなおすことで、資源・エネルギー利用や環境負荷の少ないサステナブルな製品開発にもつながります。リバース・イノベーションのコンセプトは、サステナビリティ経営の推進にも大いに役立つでしょう。

閲覧数:164回0件のコメント

最新記事

すべて表示

非財務と財務の相関関係や因果関係を可視化する企業が増えているが、現在の取組を肯定するのではなく、戦略や将来ビジョンの納得性を高め実現するために使うべき

日本企業では、非財務と財務の相関関係や因果関係を可視化するのが流行っているようだ。非財務指標と企業価値の相関関係を統計学的に分析する、非財務活動と企業価値との因果関係(の粗い仮説)をロジックツリーのような形で構造化するなどの取組みが行われている。...

「自社のサステナビリティ」は日本独自の言い方。日本のサステナビリティ経営をガラパゴス化にしないように注意が必要

以前、 日本型CSVとして日本企業の特長である「継続力」を活かしたCSVがあり、東レの炭素繊維などを代表例としてあげました 。 日本は、世界的に見て長寿企業が多く、200年以上の長寿企業の数は、世界の4割以上を占め、2位ドイツの2倍以上とされています。ゾンビ企業を生かすこと...

本物のサステナビリティ経営の5つの要諦

2025年は、トランプ政権誕生などもあり、ESGに逆風が吹くと考えられている。しかし、世界のサステナビリティに向けた動きは長期的に不可逆的なものだ。短期的に逆風が吹くときこそ、本物のサステナビリティ経営を着実に進めることが、長期的な企業価値の創造という観点からも重要となる。...

Comments


bottom of page