top of page

市場メカニズムのもとで社会課題解決をしようとしてもうまくいかないことがある。道徳的規範に訴える視点を忘れてはいけない。

  • takehikomizukami
  • 2025年10月25日
  • 読了時間: 3分

マイケル・サンデル著「それをお金で買いますか-市場主義の限界-」は、いろいろなことを考えさせられる著書です。


サンデル氏は、現在は、あらゆるものがカネで取引される時代、あらゆるものが市場メカニズムに組み込まれる時代だが、その中で道徳的規範が失われ、社会が腐敗しているのではないか、と懸念しています。


ローマ教皇のミサの無料チケットをダフ屋がネットで販売する、イヌイットが伝統文化保全のために認められているセイウチ猟の権利をハンターに販売する、人の額やパトカーを企業の広告媒体として活用するなどの事例は、確かに市場の行き過ぎを感じさせます。


本ブログの中心テーマであるCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)は、市場メカニズムを通じて社会課題を解決しようとするものですが、サンデル氏の考え方には、十分耳を傾ける必要があります。


社会課題解決は、人々の道徳的規範に訴えかける側面を持っており、道徳的規範を考慮しないで、市場メカニズムを通じた社会課題解決を行おうとしても、うまくいかない可能性があります。


社会学者リチャード・ティトマスは、血液を集めるためにイギリスで使われているシステムとアメリカのシステムを比較しています。イギリスでは輸血用の血液はすべて無報酬の自発的献血者でまかなわれているのに対し、アメリカでは一部は献血で、一部は商業的な血液バンクが、概して貧しい人たちから買い取る血液でまかなわれていました。ティトマスは、大量のデータを提示して、経済的・実際的観点だけからしても、イギリス式の献血システムのほうが、市場メカニズムを導入したアメリカ式システムよりもうまくいっていることを示しました。市場の効率性が想定されていたにもかかわらず、アメリカ式は慢性的な血液不足、無駄な廃棄、高コスト、汚染血液の危機を招くとティトマスは主張しています。ティトマスは、人々が血液を普通に売買される商品とみなしはじめると、献血に対する道徳的責任を感じにくくなり、「血液を商品にして利益を得ることによって、自発的な献血者を追い払ってきた」と指摘しています。


イスラエルの保育所に関する研究も同様な問題を示しています。イスラエルの保育所は、よくある問題に直面していました。ときどき、親が子供を迎えに来るのが遅くなるという問題です。親が遅れてやってくるまで、保育士の一人が子供と一緒に居残らなければなりません。この問題を解決するため、保育所は迎えが遅れた場合に罰金を取ることにしました。すると、予想に反して、親が迎えに遅れるケースが増えてしまいました。お金を払わせることにしたせいで、規範が変わってしまったのです。以前は、遅刻する親は、保育士に迷惑をかけているという後ろめたさを感じていたのですが、お金を払うことによって、それをサービスと考えるようになったのです。


このように、市場メカニズムにより社会課題を解決しようとしても、逆に道徳的規範が失われることにより、望む結果が得られないということがあります。


サンデル氏は、カーボンオフセット市場なども、温室効果ガス排出に対する責任を感じなくさせることにより、逆に温室効果ガスの排出を増やしてしまう可能性を指摘しています。


社会課題解決にあたって、道徳的規範に頼るか、市場メカニズムを活用するか、場合によっては、人々の道徳的規範に無理なく訴求する製品・サービスの提供など、両者を組み合わせられる可能性もあります。CSVの検討を進めるにあたっても、本当に良い社会を築くためには何が必要か、道徳的規範のありようについても、十分留意すべきでしょう。


(参考)

「それをお金で買いますか-市場主義の限界-」マイケル・サンデル著(早川書房、2012年)

 
 
 

最新記事

すべて表示
IPBES報告書がビジネス環境のCSVを提唱

「生物多様性と自然」に関わる科学的評価を実施するIPBES(気候変動におけるIPCCに該当)が、初めてビジネスに焦点を当ててまとめた「ビジネスと生物多様性評価報告書」の政策決定者向け要約が発表された。 2026年10月にはCOP17が開催され、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の中間レビューが行われる。2030年目標に向けた折り返し地点となるこのタイミングで発表された報告書は、企業や政府

 
 
 
「京浜工業地帯の父」浅野総一郎は、サーキュラーエコノミーの先駆者でもあった

私の故郷である富山県氷見市出身の偉人として真っ先に名前があがるのは浅野総一郎です。明治維新から日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦という激動の時代に、この先日本にとって必要となる事業は何か考え、石炭、セメント、海運、造船などの事業を次々と立ち上げ、京浜工業地帯の礎を築き、「京浜工業地帯の父」と呼ばれています。 浅野総一郎は、「九転十起の人」とも呼ばれ、失敗してもくじけない、不屈の精神でも知られていま

 
 
 
2026年のサステナビリティ戦略。サステナビリティが企業価値につながる事例が増える一方で逆風も吹く時代、企業は全力疾走すべき時、減速すべき時、小さな一歩を踏み出すべき時を見極めて柔軟に対応することも必要

サステナビリティが企業価値につながる事例は増えているが、一方で反ESGの動きもある。こうした時代において、企業はどのようにサステナビリティ戦略を舵取りすべきか。TRELLISの記事を紹介する。 2025年が明らかにし、2026年がすでにサステナビリティに関して再確認していることは、「緊張とトレードオフ」が常にサステナビリティ経営の核心であり、そして近い将来もそうあり続けるだろうことだ。 サステナビ

 
 
 

コメント


Copyright(c) 2019 Takehiko Mizukami All Rights Reserved.

bottom of page