一橋大の楠木建教授が「日陰戦略」というコンセプトを提示している。旬の事業機会である「日向」は競争が激しいので、「日向」が生み出す「日陰」を攻めるべきだ、そのほうがユニークな価値を創造できる可能性がある、という考え方だ。
競争戦略の本質は競合他社との違いをつくることにある。同時に、その「違い」は長期利益をもたらす「良いこと」である必要がある。しかし、そんなに「良いこと」であれは、他の誰かが手を付けている可能性が高い。魅力的なブルーオーシャンを見つけ出すのは、簡単ではないのだ。つい、メディア等で報道される流行の事業機会に飛びつきがちになるものだ。最近で言えば、「脱炭素」がそれにあたる。再生可能エネルギー、水素、蓄電池、CCUSなどに機会を見出そうとしている企業も多いだろう。
そうした流行の事業機会は「日向」だ。しかし、そこはレッドオーシャンになりがちだ。ブルーオーシャンを目指すなら、注目すべきは、「日陰」だ。「日向」が生まれるとそこには同時に「日陰」が生まれる。日向戦略は、新しい技術や市場の機会をとらえて顧客の問題を解決しようとする。しかし問題解決(日向)は常に新しい問題(日陰)を生み出す。日陰戦略は、「問題解決が生み出す問題の解決」に軸足を置く。ここは、競合企業がまだ魅力を感じていない事業機会であり、ユニークな価値を創造できる可能性がある。
脱炭素における「日陰」とは、何だろうか。まずは、資源や廃棄物の問題がある。
再生可能エネルギーは、発電効率を高め、低コスト化が進んでいる一方で、資源を大量に使用している。例えば、風力発電は、発電量を増やすため、どんどん巨大化している。現在建造中の風力タービンでは、260メートルのタワーと107メートルのブレードを持つものもある。これだけの巨大建造物を製造するには、莫大な量のセメント、鋼鉄、プラスチックが必要となり、その輸送や建造にも莫大なエネルギーを必要とする。そして、その材料生産やエネルギーは、化石燃料に依存し、温室効果ガスを排出する。
EVの普及には、畜電池の進化が欠かせないが、現時点で流通しているほぼすべてのリチウムイオン電池に、カソード(正極)側の材料としてコバルトが使われている。コバルトには毒性があり、適切な防護具等を装着しないと塵肺症などの重大な健康被害を引き起こす。そして世界のコバルトの半分以上を産出しているのがコンゴ民主共和国だが、小規模鉱山では、仕事がない貧しい人々が何の安全訓練も受けずに簡素な道具で穴を掘っており、崩落事故も頻繁に起きているとされる。子どもたちは1日200円程度の低賃金で長時間働かされ、さらには、コバルトによる収益が武装勢力の資金源になっている。
また、蓄電池の名前にもなっているリチウムは、主に南米やオーストラリアで産出されるが、精製の6割近くは中国で行われている。リチウムの多くは、南米やオーストラリアから中国を経由して、日本を含むバッテリーの生産国、そしてEV生産国へと運ばれているのだ。その輸送中に排出される温室効果ガスの量は膨大だ。
再生可能エネルギーやEVといった脱炭素で注目される「日向」の陰には、こうした資源利用や使用後の廃棄物の問題がある。「日向」が広がれば、その分「日陰」も広がる。多くの企業が「日向」に目を向けているときこそ、「日陰」戦略に力を入れるのが、差別化、ブルーオーシャン開拓の秘訣である。
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