「持続可能性を追求することは、持続可能である。」何を言っているのか分からないかも知れませんが、良いことを追求することは、持続可能であるという趣旨です。持続可能性やサステナビリティは、企業経営の文脈では、(持続可能な社会の発展に向けた)社会価値の創造を追求するといったニュアンスで使われています。そして、社会価値を追求することは、持続可能であるということです。
1つの例として、炭素繊維があります。炭素繊維は、東レが50年かけて事業化していますが、そんなことができたのは、「この技術を実用化できたら、世の中を変えることができる」という考えが共有されていたからです。赤字続きの炭素繊維事業は、経営会議で何度も撤退するかどうか議題にあがりましたが、「将来的にエネルギー利用を削減するために、航空機や自動車の軽量が必須であり、炭素繊維のような軽量で強度のある素材ができれば、世の中が変わる」という理由で、継続されてきました。そして、航空機などに使用できる品質が確保できるまで、ゴルフクラブのシャフト、テニスラケットのフレーム、釣り竿などの用途を開拓し、技術を磨きました。社会に価値を生み出す技術だったからこそ、開発が持続可能だったのです。
炭素繊維は組織の意思としての持続可能性の例ですが、個人の意志の持続可能性の例として、住友化学のオリセットネットがあります。マラリア防止用蚊帳のオリセットネットは、合成樹脂や農薬・殺虫剤などの技術を持つ住友化学が、ポリエチレンに防虫剤を練り込み、薬剤を徐々に表面に染み出させるコントロール・リリース技術を活用して製品化したものです。高い耐久性に加え、洗濯等により表面の薬剤が落ちても中から薬剤が徐々に染み出し、防虫効果が5年以上持続するという優れものです。このオリセットネットは、毎年アフリカの子供たちを中心に100万人以上の命を奪っているマラリアの被害を抑制したいという思いから生まれました。住友化学研究者の伊藤高明氏は、「マラリア対策をライフワークにする」という強い想いを持ち、20年くらいかけて、オリセットネット事業を立ち上げました。当初は、事業になるとは考えられず、社内でいろいろ揶揄されることもあったようですが、個人の思いが開発を継続させ、社会に価値を生み出す製品・事業を生み出しました。社会に価値を生み出すものであるからこそ、個人の思いが持続可能だったのです。
以前、長寿企業の成功要因を検討して、3Cという概念に纏めたことがありました。日本は、世界的に見て長寿企業が多く、200年以上の長寿企業の数は3,000社を超え、世界の4割以上を占め、2位ドイツの2倍以上とされています。こうした持続可能な企業の要件を調査した上で、Core(正しい方向を目指す「芯」を持つ)、Capability(社会動向への感度、変化への適応力・修正力を持つ)、Coexistence(社会・環境、ステークホルダーと共存し支え合う)の3Cに纏めました。このCoreの中に、「社会価値の創造:企業目的や使命に社会への貢献を掲げ、その実現を真摯に目指している」ことが含まれます。社会価値の創造を目指すからこそ、社会に対する感度も高まり、ステークホルダーとの共存関係が構築できます。社会価値の創造を目指すことで、企業は持続可能になるのです。
また、社会価値を生み出そうという個人の思いも持続可能です。人生100年時代、定年後もライフワークを持ちつづけたいという人も多いでしょう。そのときの軸となるのは、社会に価値を生み出したいという思いではないでしょうか。何歳になっても稼ぎ続けたいという人もいるかも知れませんが、多くの人にとっては、稼ぐという思いは持続可能ではないのではないでしょうか。家族のために稼ぎ続ける必要がある人はいるでしょうが、それは家族を幸せにしたいという思いが持続可能だということです。誰かのため、社会のため、そうした思いこそが持続可能なものだと思います。そういう意味で、人生100年時代には、多くの人に「社会に価値を生み出す」ライフワークを持ってもらいたいと思いますし、それが個人のためであり、社会のためになると思います。
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