「イノベーションのジレンマ」で有名なクレイトン・クリステンセン教授は、現代の優れた思想家です。イノベーション理論を中心に、非常に示唆に富む論考を数多く提供しています。そのクリステンセン教授の近著「繁栄のパラドックス」は、CSVの観点からも、非常に有用な考え方を提供しています。その中心となるのは、「市場創造型イノベーションこそが国・地域を発展させる」ということです。従来の開発投資によるインフラが十分に活用されないケースが多い中、市場創造型イノベーションが先にあり、そのニーズに対応した制度、インフラ等を整備することが、持続的な国・地域の発展をもたらすという考えです。
クリステンセン教授は、イノベーションを「持続型イノベーション」「効率化イノベーション」「市場創造型イノベーション」の3つに分類しています。持続型イノベーションは、市場にすでに存在する解決策の改良で、既存の製品・サービスのより高いパフォーマンスを求める顧客に対応するものです。効率化イノベーションは、その名の通り、企業がより少ない資源でより多くのことを行えるようにするイノベーションで、プロセス変革等によりキャッシュフローを改善します。市場創造型イノベーションは、新しい市場を創造するもの、無消費にニーズを見出し新しい顧客を創造するものです。途上国での携帯電話など、「そんな市場はないだろう」と皆が考えるところで、市場を創造します。
市場創造型イノベーションは、利益、雇用に加え文化的変容をもたらします。また、市場創造型イノベーションを実現するために創り出されるバリューチェーン、制度、インフラなどは、地域の持続的発展をもたらします。CSVの理想形は、製品・サービス、バリューチェーン、ビジネス環境(制度、インフラなど)が一体的に創造され、企業と社会に価値を生み出すものですが、市場創造型イノベーションはそうしたCSVを生み出します。
市場創造型イノベーションには、他者には見えていない市場を見つけるもので、簡単なものではありません。繁栄のパラドックスでは、市場創造型イノベーションを成功させる5つのカギとして、「無消費をターゲットにしたビジネスモデル」「実現を支える技術」「新しいバリューネットワーク(企業のコスト構造を決定するエコシステム)」「緊急戦略(想定消費者の反応によって対応を変える柔軟な戦略)」「経営陣によるサポート(既存の社内プロセスでは評価されないため)」を挙げています。
また、市場創造型イノベーションの5つの原則として、「どの国にもすばらしい成長の可能性がある」「すでに市場に存在する製品のほとんどは、入手しやすくすることで、新しい成長市場を創造する可能性がある」「市場創造型イノベーションは単なる製品・サービスではない(制度やインフラを含むシステム全体である)」「プッシュではなくプルを重視する(先進国の制度・インフラを途上国に押し付けるのではなく、市場を創造しその市場に社会が必要とする制度やインフラを引き入れる)」「無消費をターゲットにすれば、規模の拡大に費用がかからない」を挙げています。
繁栄のパラドックスでは、市場創造型イノベーションの多数の事例や機会が示されています。特に開発型のCSVに関心のある人は、一読する価値があるでしょう。
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