最近は、イノベーション創出のために幅広い知識と深い知識を両立させる「両利きの経営」が注目されている。イノベーションが「既存知識の組合せ」だとすれば、イノベーション創出のためには、幅広い多様な知識を持つことが有効だ。一方で、幅広く多様な知識がただ存在しているだけではイノベーションは生まれない。知識の組合せからアイデアを生み出し、それを製品・サービスやビジネスモデルとして形にして、社会への価値として提供する必要がある。そのためには、知識を深めることが必要だ。両効きの経営とは、幅広く多様な知識を持つための「知の探索」と、知識をビジネスとして形にするための「知の深化」を両立させるものだ。
しかし、「知の探索」のためには、企業は事業領域や専門領域の外に視野を広げる必要がある。こうした活動は、「遊び」や「無駄」のようにも見られ、収益に対するプレッシャーがある企業にとっては、意志が必要な取り組みだ。そのため、企業は本質的に知の探索をおこたりがちとなる。経営学では、これを「知の近視眼化(Myopia)」と呼ぶ。また、特に成功した企業が、既にある知識の改良・改善を重視して知の探索を怠りがちになることを「コンピテンシー・トラップ」と呼ぶ。
社会価値と企業価値を両立させる製品・サービスのCSVを生み出すためにも、知の探索は重要だ。社会課題を解決しようとするCSVの場合は、「知の近視眼化」、「コンピテンシー・トラップ」を克服する方法として、社会貢献活動の活用がある。
「知の探索」のための社会貢献活動を大々的に実施している代表的なものとして、IBMとエーザイの事例がある。
IBMは、Corporate Service Corps(CSC)という、IBM社員による支援チームが、新興国市場での社会課題の解決に取り組む社会貢献活動を実施している。CSCでは、世界中のIBM社員から公募で選ばれたグローバルチームが、1カ月間新興国に派遣され、当該国の政府、行政、教育機関などが直面する問題を解決するための支援をする。こうした社会貢献活動を通じて、社会課題解決イノベーションのための膨大な知識が蓄えられる。
エーザイは企業理念で、「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序が重要と考える。」と謳い、患者というステークホルダーを最重視する考え方を実践するものとして、「業務時間の1%を患者様とともに過ごす」ヒューマン・ヘルスケア(hhc)活動を推進している。
hhc活動で現場に赴いた社員は、患者やご家族と過ごすことを通じて問題を感じ取る。それを会社に持ち帰って組織内で議論を通じて問題を普遍化し、他の部署も巻き込みながら問題に対する対応策を磨き上げる。そして得られた解決策を一人ひとりが現場で実践する。そうしたプロセスを確立している。
なお、hhc活動は、野中郁次郎氏の知識創造理論を実践しているものだ。知識創造理論とは、知識を組織的に創造する方法を示したもので、SECIモデルというフレームワークに落とし込まれている。SECIとは、共同化 (Socialization)、表出化 (Externalization)、連結化 (Combination)、内面化 (Internalization)の頭文字を取ったもので、個人やグループが持つ暗黙知を対話や経験を通じて組織として共同化(共有)し、共有された暗黙知を具体的な言葉でコンセプト化し形式知として表出化、形式知を組み合わせてソリューションを導く新しい形式知として連結化し、利用可能となった新しい形式知を個人が実践する内面化するという4つのプロセスを示している。
SECIモデルを社会課題解決イノベーションに応用すると、社会課題の現場に赴いたり、NPO/NGOや専門家との対話を通じて社会課題を暗黙知として理解し(共同化)、社会課題に対する解決策を議論できるよう形式知として整理・構造化し(表出化)、組織内外のあらゆる知識を総動員して解決策を導き(結合化)、社会課題の現場で具体的に実践する(内面化)というプロセスになる。エーザイは、これを実践して、「知の探索」と「知の深化」を行っている。
IBMやエーザイのように大々的なものでなくても、製品・サービスのCSVの対象となる社会課題に関連した社会貢献活動を実施することは、「知の探索」に有効だろう。または、自社の強みを生かした社会貢献活動の中から、思わぬ事業アイデアが生まれるかも知れない。
研究開発活動として行うと「無駄」に見えてしまう活動も、社会貢献活動としては逆に魅力的に思えることも多くある。製品・サービスのCSVを生み出すためには、社会貢献活動を「戦略的」に実践することも有効だろう。
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