最近、米国で反ESGの動きが目立つ。共和党の影響力が強い州では、気候変動や人種的平等に配慮した投資を行っている運用会社からの資金引き揚げを政府年金基金に義務付ける法律が可決している。こうした反ESGの思想的背景には、「ESGは政治、経済や市場に政治を持ち込んではならない、投資は経済的利益の追求に専念すべきだ」(フロリダ州デサンティス州知事)ということがある。こうした動きを見ても、米国では、企業の株主価値重視、株主資本主義の考えが根強いことが分かる。
そういう米国で、2019年に、主要企業が名を連ねる財界ロビー団体であるビジネス・ラウンドテーブルが、株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換を宣言する声明を発表したことは、大きな反響を呼んだ。
株主至上主義を脱却し、ステークホルダー重視、「顧客への価値提供」「従業員への投資」「サプライヤーへの公正で倫理的な対応」「事業を展開する地域コミュニティの支援」「株主への長期価値創造」にコミットするものだ。三方よしやステークホルダーへの配慮を謳ってきた日本の伝統的企業にとっては違和感のない考え方だが、株主至上主義が根強い米国の経営者がステークホルダー資本主義にコミットしたことは、大きな話題となった。
ステークホルダー資本主義は、基本的なサステナビリティ経営とも親和性があり、整合している。サステナビリティ経営では、ステークホルダーへのマイナスの影響を理解し、それを軽減していくこと、人的資本、社会・関係資本、自然資本を強化し、企業価値を向上していくことなどが求められており、これはステークホルダー資本主義の考え方と合致している。
しかし、サステナビリティ経営では、ステークホルダー資本主義が掲げる既存のステークホルダー、顧客、従業員、サプライヤー、地域コミュニティ、株主だけでなく、環境や将来世代もステークホルダーとして捉える。この環境や将来世代というステークホルダーへの価値提供と既存のステークホルダーへの価値提供がトレードオフとなることがある。
分かりやすい例で言えば、トヨタがEV化に向けた動きに出遅れた理由の一つに、既存のサプライヤーなどへの配慮があると考えられる。豊田会長は、社長時代に、約3万点あるガソリン車の部品のうち、1万点は内燃機関に関連するとされることを踏まえ、「ガソリン車を禁止すればその雇用が失われる。噴射技術など日本が培ってきた強みも失われてしまう」と主張してきた。その他、国内の電力会社が大胆な再エネシフトに踏み出さない背景にも、様々なステークホルダーへの配慮があると考えられる。
将来世代を重視した“サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)”は、既存のステークホルダーとの関係性の再構築が必要な場合が多い。既存のステークホルダーとの関係性を重視し、既存のステークホルダーへの影響に配慮していると、SXを進められないというジレンマがある。
現状、ステークホルダー資本主義は、既存のステークホルダーへの配慮にコミットしている。基本的なサステナビリティ経営からSXにシフトしていくには、「ステークホルダー資本主義のジレンマ」を克服することも必要になるだろう。
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