先日実施した拙著「サステナビリティ-SDGs以後の最重要戦略」の出版記念シンポジウムのパネルディスカッションが記事になりました。
ブリヂストン稲継様、ネスレ日本嘉納様、GAIA Vision出本様、WWFジャパン東梅様にご登壇頂き、サステナビリティを進めていくために必要な視点、コラボレーションの可能性などについて議論しました。
議論の中で改めて重要だと思ったのが、「(短期と長期の)両利きの視点」です。パネルでは、「長期的施策が必要となるサステナビリティを、どのように事業として成立させていくか」「そのために経営層や投資家とどのようなコミュニケーションをとるべきか」について、議論しました。
ブリヂストンの稲継様からは、「ポートフォリオ的な観点が有効」と、将来に向けた中長期的な事業と、短期的に成果が出る事業をバランスよく組み合わせることが必要だとの話がありました。また、経営層にはサステナビリティに取り組むべき理由を「競争優位につながる」「企業価値の向上につながる」など経営に関連した表現に翻訳して伝え、投資家には数値的な進捗を示しながら継続的に説明しているとのことでした。
ネスレ日本の嘉納様も「長期・短期の両利きの視点が必要」として、投資家に年数%のオーガニックグロースと利益率の改善を約束する一方で、野心的なサステナビリティの目標を掲げるネスレの姿勢について紹介がありました。また「自社が影響を及ぼす分野、影響を被る分野にフォーカスすることが、クライテリアにつながる」として、「例えばコーヒーベルトと呼ばれる主要生産エリアが、気候変動によって2050年には50%まで縮小するといわれています。このことから当社にとって気候変動への対応は、事業の継続、バリューチェーンに連なる生産者を守るため、真剣に向き合うべき課題だと判断できます」との話がありました。
Gaia Visionの出本様は「社会課題解決型のビジネスに取り組むスタートアップは、大企業に比べて長い時間軸に耐えるだけの余力がない」との指摘がありました。その対処方法として「例えば私たちは、TCFD、ISSBといったニーズに応えることで足元のマネタイズを行い、一方でルール対応にとどまらない長期的なビジョンを目指しています。このバランスをとることが重要です」との話がありました。
WWF東梅様からは、長期的な取組を実現するためのNGO企業のそれぞれの強みを生かしたコラボレーションについて話がありました。「例えば、現地生産者の一番大きな課題は収量です。これは企業のほうが通じています。一方で、私たちは現地の自然環境や地域住民の課題に詳しく、データも持っています。テーマごとの情報共有にとどまらない、現地での協働が提供価値の1つになると考えています」とのことでした、
短期と長期を両立させる経営については、「サステナビリティ-SDGs以後の最重要生存戦略」で東レの炭素繊維の例をあげています。
東レは、1950年代から粘り強く研究開発を続け、炭素繊維を事業化しました。軽量で高強度の炭素繊維は、米ボーイングから新型機の主翼向けに1兆円の受注を獲得するなど、航空機向けの大きな市場を獲得しているほか、自動車の軽量化、燃料電池車の水素タンク向け、風力発電のタービンブレード向けなど、気候変動対応での市場を獲得し、今後の成長も期待されています。
しかし、炭素繊維が大きな市場を獲得するまでには、長期間赤字が続いており、何度も経営会議で撤退が議論されていたとのことでした。しかし経営会議では、常に最終的に「炭素繊維が実用化できたら、世の中を変えることができる」、「保有する技術をもとに、次世代につながることができる」として、継続を決定してきました。そして、長期間に亘り粘り強く研究開発を続けた結果、鉄に比べ4分の1の軽さながら、10倍以上の強度を持つ夢の技術の事業化に成功しました。
東レは、「社会的に価値があるものには、必ず市場があるはずだ」との信念のもと炭素繊維の開発を継続してきましたが、炭素繊維が将来的には、航空機などに使われる可能性があったとしても、安全性などを重視し、材料変更に慎重な航空機メーカーが炭素繊維を採用するには時間がかかることも、理解していました。そこで東レでは、短期的には、規模は小さくても収益を上げながら技術を磨いていくために、軽くて強く、弾性率が高いという炭素繊維の特性を活かして、ゴルフクラブのシャフト、テニスラケットのフレーム、釣り竿などの用途を開拓し、それらを通じて、着々と技術を磨いていきました。長期的なサステナビリティ事業を成功させるためには、短期の収益化も併せて目指してくという「両利きの視点」を持っていたのです。
短期と長期の「両利きの視点」を持つことは、サステナビリティ経営の基本の一つだと思います。
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